2.エンタープライズと呼ばれた男


そんなわけで、スタートレックとのファーストコンタクトは、私がドラマの肝を理解できなかったばっかりにあっさりと終わった。
当時の私の頭脳には難しすぎたのだが、日曜日の夕方という、ただでさえ気だるい時間帯に、小学生にとっては小難しいセリフのやりとりを延々見るのもけっこう根気がいることだったと思う。
「明日は学校かぁ」なんて思って寝っ転がっている小学生に、「非論理的です」なんてセリフは響かないのだ。そもそも「ろんり的」という言葉すらわかってないのに、その上に「ひ」なんて付けられたらもう、お手上げである。
「ひろんりって何だよー」

「気だるい」といえば「ミラーマン」である。関係ないけど。
やはり日曜日の、それも夜7時という、夕方より五割がた気だる度がアップしている時間に放送していた「ミラーマン」は、私にとって気だるいテレビの代表だった。
何だかだるーい気分で見ていた覚えがある。
それなら見なけりゃいいじゃないかと思うかもしれないが、小学生にとって特撮ヒーロー番組を見るというのはもう、義務みたいなもので、どんなに気だるくても見逃してはいけないのだ。
この疲れ感覚は体が覚えていて、大人になってから「ミラーマン」の挿入歌(オープニングじゃなくて、子供が合唱してるやつ)を聴く機会があったが、聴いているうちに、もうやんなっちゃうくらい気だるくなってしまった。
もともと沈んだ感じの歌なのだが、子供時代の気だるさを体が覚えていたんだと思う。

「ミラーマン」はともかく。
これで小学生時代のスタートレック関連の思い出がおしまいになったかというと、そうではなかった。そしてそれはやはり、アキラとともにやって来た。

ある日、学校の廊下をアキラと一緒に歩いていた時のことである。
「んぐふぅ」
アキラが急におかしな声を出した。見ると世にもうれしそうな顔をして笑っている。
「何?」
「え、え、エンタープライズ」
アキラは自分の体で手を隠すようにしながら廊下の先を指差した。
「え?」
アキラの指している方向にはもちろんエンタープライズの姿など無く、木造校舎の、これでもかとワックスがけをしてテカテカした廊下を人の良さそうな笑顔を浮かべた一人の上級生が歩いているだけだった。
「あ、あ、あいつあいつ。え、エンタープライズ」
何言ってんだ?こいつ。
「あ、あ、あいつこの前ハトヤでさぁ」
アキラが事情を解説し始めた。

ハトヤというのは温泉ホテルのことではなくて、私たちの町にあったほぼ唯一のおもちゃ屋の名前である。
国道沿いに「大人のオモチャ」という怪しい店があったが、その店で何を売っているのか知っている子供は私の周囲にはいなかった。昼間は閉まっていたからだ。
そんなわけなので、当時の私たちにとって「ハトヤ」と「おもちゃ屋」は同義語と言ってよかった。
子供が「おもちゃ屋へ行く」と言えば、それは本町通りの「ハトヤ」へ行くという意味で、国道のほうへフラフラ行く子供はいなかった。
幼いころは親に連れられて、少し大きくなったらお年玉を握りしめて。この町で生まれ育った子供たちは皆、ハトヤとともに成長していったのだ。
われわれがせっせとおもちゃを買ったおかげでハトヤは今でも営業していて、当時は1階だけだった売り場が、2階にまで広がり、マニアックなフィギュアがごたごたと並んでいたりする。ある意味大人のおもちゃ売り場と化していると言えなくもないかもしれない。

その、まだ1階だけだったハトヤでのこと。
アキラとは別のある同級生がプラモデルを見ていると、アキラがさっき指差した上級生がやって来た。
上級生もいくつかプラモデルの箱を見ていたが、ある一つの箱を取り上げると、じっと見つめ、「えんたあぷらいず」とつぶやいた。箱に書かれた文字を読んだのだ。
上級生は箱を置くとすぐにプラモデル売り場から離れていった。同級生は、「あいつ何やってんだ?」と思いながらも、そのままプラモデルの物色を続けた。
しばらくするとその上級生が再び現れ、すすすっと近づいて来たかと思うと、さっき自分が置いた箱を取り上げ、「あっ!エンタープライズじゃん!」と叫び、同級生のほうをチラリと見た。なんだか得意げな顔で。彼にとってはエンタープライズを知っていて即座に判別できることは自慢できることだったようだ。下調べは不可欠だったとしても。

それ以来彼は、事情を知っている者たちから密かに「エンタープライズ」と呼ばれるようになった。もちろん私からも。
いくら人が良さそうでも相手は上級生なので、さすがに面と向かって呼びはしなかったが、学校で、なぜかいつも笑顔の彼を見かけると、「お、エンタープライズ」と、ちょっぴり幸せな気分になった。

そんなわけで、私は「エンタープライズ」という言葉を聞くと、あの円盤と円筒を組み合わせた個性的な船体と同時に「ぼくらのエンタープライズ」の、人の良さそうな、というより、ちょっとおつむの弱そうな笑顔が浮かんでしまうのだ。今でも。

2003.4.3 GOBDASHA


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